「自分たちにしかできないことを探そう」。七島信用組合が70周年の節目に掲げた三つの言葉
太平洋に浮かぶ伊豆諸島から小笠原諸島まで。七島(しちとう)信用組合が預金や融資を通じて人々の暮らしや事業を支える地域は、南北約1,000キロに及びます。
島と島のあいだには広い海があり、気軽に行き来できるわけではありません。そんな島々で働く職員たちが、何を大切にし、どこへ向かっていくのか。
創立70周年を前に、七島信用組合は「自分たちは何のために存在するのか」を改めて問い直しました。

70周年を期にロゴやキャラクターなどCIを刷新した
1957年の設立以来、島の人々の喜びも苦労も分かち合いながら歩んできた組合が掲げたのは、三つの言葉です。
「人を幸せにする」「想いを応援する」「島を大切にする」。
なぜ今、この言葉が必要だったのでしょうか。日々の仕事のなかで、どのように生きているのでしょうか。パーパス制定の背景と、七島信用組合が見つめる未来について、平川理事長と総務部の河田さんにお話を伺いました。
先の見えない時代に、「自分たちの仕事」を言葉にする
七島信用組合は1957年、東京中央信用組合から分離独立し、島の金融機関として歩み始めました。預金や融資を通じて島の人々を支えてきた組合が、創立70周年を前に改めて考えたのは、「自分たちは何のために存在するのか」という問いでした。
その答えとして掲げたのが、パーパスです。組織が何を大切にし、何のために仕事をするのかを示す言葉です。
―創立70周年を前に、なぜ改めて自分たちの存在意義を言葉にしようと思ったのでしょうか。
平川さん「予測もつかない時代だからこそ、我々の仕事って一体何なんだろうな、ということを言葉にしなきゃいけない。言葉にして全職員でそれを理解することで、みんなで同じ方向を向いて進んでいきたかったんです。」

平川理事長
まずは役員を中心に、「自分たちが本当に大切にしたいことは何か」を何度も話し合いました。そうしてたどり着いたのが、三つの言葉でした。
平川さん「島の人たちの挑戦を、もし我々が応援しなかったら、誰が応援するんだ、という想いがあるんです。」
その言葉の背景には、平川理事長が若い頃に向き合った、一人の相談者との出来事がありました。
「想いを応援する」の原点となった、ある相談
―「想いを応援する」という言葉につながる、忘れられない出来事はありますか。
平川理事長が若手職員だった頃、かつて七島信用組合から融資を受けていた人が、数年ぶりに相談に訪れました。その人は事情があって別の金融機関へ借り換えており、ご家族にもさまざまなことが重なって、厳しい状況に置かれていました。
一度、組合との関わりを離れた人からの相談に、どう応えるべきか。担当者だった平川理事長は、悩みに悩んだといいます。

平川さん「金融機関のセオリーでこの人を断ったら、この人はどうなっちゃうんだろうなって思ったんですよ。島の人たちのためと言いながら、そういうしきたりで救えないのはどうなんだろうって。よし、やろうと思いましたね。」
島の人を支えるために、自分が動こう。そう腹を決めた平川理事長は、融資の稟議書を書き始めました。上司から呼び出され、厳しい言葉を受けたそうです。それでも、力になりたいという思いは変わりませんでした。
平川さん「どうしてもやろうと思ったんです。意地にもなっていましたね。その人も厳しい状況にいたけれど、心の通じる人だった。だから、一生懸命話をしました。」
力になりたい。その想いを出発点に、組合内で説明と検討を重ね、ようやく融資が実現しました。
その人は返済を遅らせることなく完済し、子どもたちも大学へ進みました。今でも「あのとき助けてもらわなかったら、子どもたちの将来はなかった」と伝えてくれるそうです。

平川さん「あのとき、上司に反対されて『確かに難しい』と諦めていたら、融資は実現しなかったと思います。今の職員にも、同じような場面で、目の前の人のために何ができるかを考えてほしいんです。」
もちろん、すべての相談に融資で応えられるわけではありません。それでも、前例だけで答えを決めず、目の前の人の話を聞き、何ができるかを考える。
平川理事長が職員にも受け継いでほしいと願う姿勢が、この出来事に表れています。
三つの言葉を、自分たちのものにするまで
役員が議論の末に導き出した三つの言葉。けれど、職員たちが最初からその意味を自分のこととして受け止められたわけではありませんでした。
―役員の皆さんが定めた言葉を、職員として最初はどう受け止めましたか。
河田さん「最初は言葉だけだったので、その裏にある思いまでは受け取れなかったんです。中期経営計画の延長なのかな、というくらいの認識でした。」
七島信用組合では三つの言葉について全職員にアンケートを実施。さらに9人のプロジェクトメンバーが約半年かけて、寄せられた意見を持ち寄り、対話をしました。

総務部 河田さん
河田さん「自分のできる範囲に置き換えて考えるうちに、『こういうことならできるのかな』と思ったり、人の意見を見て『こんなこともできるんだ』と想像したり。新たな発見の連続でした。」
河田さんの印象に残ったのが、若い職員たちの声です。
メガバンクにできることがあるように、島に暮らす自分たちにしかできないことも、きっとある。まずはそれを探したいという意見が多く寄せられました。
河田さん「大きなことをしようとする前に、自分たちにしかできないことを探そう。その言葉に、すごく共感したんです。」
「島を大切にする」とは、自分にとって何をすることなのか。互いの意見を聞き、自分の仕事に置き換える時間を経て、三つの言葉は少しずつ職員たちのものになっていきました。
職員の「やってみたい」から、島々の未来へ
「想いを応援する」。平川理事長は、この言葉には島の人だけでなく、職員自身の想いも含まれていると話します。
河田さんも、その言葉を自分の働き方に重ねて受け止めた一人です。
―職員自身も応援の対象だと知って、どう感じましたか。
河田さん「夫が島で事業をしていて、私もそこに関わりたいという想いがあったんです。でも、金融機関で働きながら副業をするのは難しいだろうと思っていました。
だから『副業もいいよ』と言ってもらえたときは、あぁ、ここで働けてよかったなって。総務部で職員のために何ができるかを考える仕事も、自分のやりたいことも、どちらも大切にできるのがうれしかったです。」
平川理事長は、職員にもどんどん副業をしてほしいと話します。さらに、副業が本業になり、独立する日が来てもいいと話します。
平川さん「職員が離れるのは、もちろん大変ですよ。でも、その人が地域で活動してくれたら、我々の強い応援団になるじゃないですか。そういうチャレンジをしてもらいたいんです。」
組合の外で始めた仕事が、いつか島に必要な仕事になるかもしれない。職員の挑戦を応援するという考えには、そんな島の未来へのまなざしも感じられます。

―これから、七島信用組合として取り組みたいことは何ですか。
平川さん「伊豆諸島や小笠原諸島といった東京諸島全体の連携を、うちがハブになれないかなということはずっと思っているんです。それぞれの島に支店を持って島の人々と歩んできた我々だからこそ、できることなんじゃないかなって。」
一つの島を知り尽くしたら「じゃあ次は違う島に行ってみなよ」と背中を押し、離れた島同士で人が行き来し、観光や事業でも助け合える循環をつくっていくこと。海によって離れた島々に拠点を持ち、それぞれの島で人とのつながりを築いてきた七島信用組合。一つひとつの島で育んできた関係が、今度は島と島をつなぐ力になるのかもしれません。

「自分たちにしかできないことを探したい」。河田さんの心に残った若い職員たちの言葉には、七島信用組合のこれからが表れているように感じます。
三つのパーパスは、掲げて終わる言葉ではありません。目の前の人から相談を受けたとき、職員が新しいことに挑もうとするとき、そして離れた島同士をつなごうとするとき。自分たちには何ができるのかを考える、その手がかりになっていきます。
南北約1,000キロの島々で、職員たちがそれぞれ見つける「自分たちにしかできないこと」。その一つひとつが、東京の島々にどんな変化を生んでいくのか、楽しみです。
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