東京のそばにある辺境で感受性を組み替えるように暮らす
「見ること」が難しくなった時代
情報があふれる時代に、「見る」という行為は、思っている以上に難しくなっているのかもしれません。
どこかへ行く前に、私たちはすでに多くのことを知っています。検索をすれば、風景も、評判も、行き方も、誰かの感想もすぐに出てくる。SNSを開けば、まだ訪れていない場所の“見どころ”が、いくつも目の前に流れてきます。
便利である一方で、ふと思うことがあります。
私たちは、本当に自分の目でその場所を見ているのだろうか、と。

見ているつもりで、すでに知っている情報を確認しているだけではないか。誰かが美しいと言った風景を、同じように美しいものとしてなぞっているだけではないか。そんな問いが、最近、自分の中に残っています。
低く飛ぶように、土地を見る
デザイナーの原研哉さんが続けている「低空飛行」という取り組みがあります。日本各地を自分の目で見て歩き、土地の細部や気配を、五感を通して受け取っていくような営みです。その根底にあるのは、まさに「見ること」なのだと思います。
高い場所から俯瞰して、効率よく理解するのではなく、地面に近いところを、低く飛ぶように見ていく。

知識として把握する前に、自分の身体で感じ取る。
その姿勢に、いま改めて惹かれています。
私自身、伊豆大島に移住して15年以上が経ちました。
移住の大きなきっかけになったのは、裏砂漠の風景です。
裏砂漠で出会った、東京のそばにある辺境
初めてその場所に立ったとき、東京都心からそう遠くない場所に、こんな世界が広がっているのかと驚きました。視界の中に人工物が一切入ってこない。黒い火山の大地が広がり、その上に植物の緑が点在している。その先には、真っ青なグラデーションを描く大海原と大空がありました。

大地の黒、植物の緑、海と空の青。
その強いコントラストが、今でも記憶に残っています。
これほど現実離れした風景が広がっているのに、周囲にはまったく人がいない。そのことも不思議な体験でした。観光地として整えられた場所に来たというより、人間の気配がすっと消えた、地球の素顔のような場所に立っている感覚がありました。
自分の中には、どこか辺境の地への憧れがあったのだと思います。
場所を変えることは、感受性を変えること
沖縄もまた、その憧れの行き先のひとつでした。若い頃、私は沖縄に強く惹かれていました。亜熱帯の風景、独特の文化、鮮やかな食材たち。そのどれもが、自分が生まれ育った環境の中で培ってきた感覚を、根底から揺さぶるような力を持っていました。
同じ日本という国の中に、これほど異なる風土や文化が広がっている。そのことに気づいたとき、とてもワクワクしたのを覚えています。

馴染んだ場所を離れ、新たな環境に身を置くこと。
それは単に生活の場所を変えることではなく、自分の感受性を組み替えることでもあるのではないか。見るもの、聞こえる音、食べるもの、流れる時間、人との距離感。そうした日々の環境が変わることで、自分の表現にも何かしらの変化が生まれるのではないか。そんな期待がありました。
その延長線上で、私は伊豆大島に出会いました。
都市と島、そのあいだで生まれる表現
伊豆大島は、都心と直結した島です。船に乗れば東京へ行くことができる。都市の情報やカルチャーから完全に切り離されているわけではありません。
一方で、この島には、火山島として積み重ねてきた独特の自然景観や生態系があります。黒い大地。強い風。海へ抜けていく視界。季節ごとに姿を変える植物たち。島を歩いていると、足元の地形や風景の奥に、長い時間の堆積を感じる瞬間があります。

都市と島。
カルチャーと自然。
日常と非日常。
中心と辺境。
伊豆大島には、その間を行き来できる独特の距離感があります。
私にとってそのギャップは、とても魅力的でした。
火山島の風景や生態系からインスピレーションを受けながら、時には都心で新しい文化や表現に触れる。その往復の中に身を置くことで、自分のデザインや音楽(当時は音楽にも力を入れてました)にも、新しい表現が生まれるのではないか。いま振り返ると、その期待感こそが、移住へと向かう大きな原動力だったのだと思います。
日常の中に残り続ける非日常
もちろん、移住して15年以上が経つと、最初に感じた強烈な非日常感は少しずつ落ち着いていきます。裏砂漠の風景も、三原山の稜線も、港の空気も、日々の暮らしの中に少しずつ溶け込んでいきます。けれど、それは感動が薄れたということではありません。むしろ、暮らし続けることで見えてくるものがあります。
朝の光の変化。風の匂い。季節ごとに咲く花。海の色。鳥の声。観光で訪れたときには通り過ぎてしまうような小さな移ろいに、ふと強い幸せを感じる瞬間があります。
最初は、非日常として島を見ていました。
いまは、日常の中にある非日常の気配を見ているのかもしれません。
見る立場が変わると、同じ風景も違って見えてきます。旅行者として見る島。移住者として見る島。生活者として見る島。観光に関わる立場から見る島。メディアを通して伝えようとする立場から見る島。

ひとつの場所であっても、そこにはいくつもの見方があります。そして、その見方の違いこそが、場所の奥行きをつくっているのだと思います。
ただ目の前のものを無意識に眺めるのではなく、自分が置かれている立場や、そこに流れてきた時間、これまでの経験や想像を重ねながら、もう一度見立ててみる。
そのとき、風景は単なる風景ではなくなります。
そこに暮らしてきた人の営みが見える。
自然が積み重ねてきた時間が見える。
自分自身が何に惹かれ、何を求めているのかも見えてくる。
見ることは、外側の世界を知る行為であると同時に、自分の内側を知る行為でもあるのだと思います。
見る余白をつくるメディアへ
観光や地域の情報発信においても、この「見ること」の余白はとても大切だと感じています。
情報をわかりやすく届けることはもちろん必要です。けれど、すべてを説明しすぎてしまうと、訪れる人が自分の目で発見する余地を奪ってしまうこともあるのではないか。
どこに行けばいいか。何を食べればいいか。何が正解か。
それを提示するだけではなく、その人自身の感受性が動き出す余白をどうつくるか。
島を訪れた人が、自分の目で見て、自分の身体で感じ、自分の中に生まれた違和感や驚きや喜びを持ち帰る。

そんな体験の入口をつくることも、メディアやデザインの役割なのではないかと思います。
伊豆大島に移住するきっかけになった裏砂漠の風景は、私にとって、ただ美しい場所ではありませんでした。それは、自分の中にあった辺境への憧れを照らし出し、場所が表現に作用する可能性を感じさせてくれた風景でした。
人工物のない黒い大地の先に、青い海と空が広がっている。
その光景を前にして、私はこの島で暮らす自分を、どこかで想像していたのだと思います。
東京のそばにある辺境で暮らすこと。
それは、遠くへ行くことではなく、見慣れた世界の見方を少しずつ変えていくことだったのかもしれません。
場所を変えることで、見るものが変わる。
見るものが変わることで、感じ方が変わる。
感じ方が変わることで、表現も、暮らしも、少しずつ変わっていく。
感受性を組み替えるように暮らす。
島での日々は、いまもその途中にあります。