「おわり」ではなく「はじまり」TOKYO ISLANDHOODが紡いだ共鳴と、その先の緒(いとぐち)へ

 2026/02/14

東京の島々を舞台に、魅力向上や地域課題の解決に向け、スタートアップや個人事業主等による島しょエリアでのビジネス展開を支援するプログラム、「TOKYO ISLANDHOOD(スタートアップによる島しょ振興促進事業)」。

東京にある11の有人離島すべてを巡り、それぞれの島で対話を重ねてきたこのプロジェクトは、2026年3月、3年間の取り組みを経て一つの節目を迎えようとしています。

単なるビジネスのマッチングでもなければ、一方的な支援でもない。島に暮らす人々と、島外から関わる人々とが混ざり合い、交わりながら、ともに時間を重ねてきたこの3年間。

そこから一体、何が生まれようとしているのでしょうか。

今回、私たちはその兆しを探るべく、TOKYO ISLANDHOODを通じて新たな芽を育んだ人々にお話を聞く連載をスタートします。

長いようで短かった3年を経て、島とスタートアップの間で育まれた「共鳴」と、そこから見えてきた未来への「緒(いとぐち)」。

その旅の出発点として、まずはこのプロジェクトの事務局を務め、「TOKYO ISLANDHOOD」という言葉の生みの親でもある、ヒトカラメディアの柳川 雄飛さんにお話を伺いました。

プロジェクトの企画から伴走までを担い、誰よりもこの取り組みに熱を注いできた柳川さんは、この3年間をどう振り返り、未来にどんな“緒”を見出しているのでしょうか。

「TOKYO ISLANDHOOD」という思想

ーまずは、「TOKYO ISLANDHOOD」という言葉が生まれた背景から教えてください。

柳川:最初に提示されていた事業名は『スタートアップによる島しょ振興促進事業』というものでした。

わかりやすい名前ではあるのですが、島に実際に足を運び、役場や商工会の方々とお話をしていく中で、私たちが現場で感じたのは、「これは『スタートアップ』だけが主語の事業ではないんじゃないか」という違和感でした。

ーそれは、どういうことでしょうか?

柳川:名称だけを見ると、スタートアップが主体で、島側がそれをサポートする構図に見えてしまうかもしれません。

でも、僕たちが描きたかったのは、どちらかが一方的に助けるような関係ではなく、互いの役割や立場を尊重し合い、不足している部分を補い合いながら、新しい価値を共に生み出す。
そんな、対等な関係性を体現する言葉が必要だと感じました。

そこで提案したのが、「TOKYO ISLANDHOOD」です。
この言葉には、島(Island)に暮らす人々だけでなく、島に想いを持って関わるすべての人々(Hood=集まり・つながり)も含まれています。「土の人」と「風の人」が対話を重ね、互いに混ざり合いながら、未来を共に描いていく。そんな願いを込めて名付けました。

撮影:吉田周平

3年間の歩みと現場での関わり方

ー私たちは1年目から関わらせていただきましたが、事務局の皆さんが当初から長期的な視点を持たれていたのが印象的でした。

柳川:そうですね。事務局としては、最初から「採択後、約半年あまりの時間でスタートアップが島で事業化することは非常に難しい」という前提を共有していました。

というのも、この事業ではスタートアップに対して直接的な支援費が出るわけではありません。あくまで“事業期間”は、島の人たちと出会い、現状を知り、ともに未来を描くための時間だと捉えていたんです。

1年目のTOKYO ISLANDHOOD DAY(最終成果報告会)で、神津島の稲葉さんが「この事業は、目の前の課題解決も大切だけど、島の10年後、15年後、つまり『孫の世代』にアプローチするような事業なんじゃないか」とおっしゃっていて、その言葉がとても印象的で、この取り組みの本質を端的に表していると感じました。

ー「孫の世代」ですか。

柳川:はい。その未来に向けて本当に必要なのは、短期的な成果やスピードではなく、island company. の山下賢太さんが語っていたような、丁寧な「想いと想いのチューニング」なのだと思います。

島とスタートアップの間で、無理に歯車を噛み合わせるのではなく、お互いが心から納得して「握手」できる瞬間が来るまで。僕たち事務局が、つかず離れず、絶妙な距離感で伴走し続けることが大事だと考えています。

撮影:吉田周平

ーこの事業は年度ごとにフィールドとなる島が変わる中で、事務局側も関係構築に苦労されたのではないでしょうか。

柳川:正直、とても大変でした。毎年ゼロから「はじめまして」をしなければいけませんからね。 いきなりドアをノックして「君たち何も分かってないから帰って」と言われたらおしまいです。その怖さと緊張感は常にありました。

だからこそ、事務局メンバーで事業が始まる前に必ず島に足を運びました。
それぞれキャラクターや得意分野も違うので、「この方には、誰から連絡を入れるのが良いか?」といったレベルの細かなところまで、役割を柔軟に分担しながら島の方々と丁寧に対話を重ねていきました。

地道で泥臭いプロセスではありましたが、そうした積み重ねを通じて、少しずつ信頼していただけるようになったのではないかと思っています。

TOKYO ISLANDHOOD DAYからはじまる「未来」のキックオフ

毎年2月に開催されてきた「TOKYO ISLANDHOOD DAY」ですが、今年は3年目の節目。
いわば、この取り組みの「集大成」でもありますね。

柳川:そうですね。東京都の仕様書上では「成果発信イベント」と表記されていますが、僕ら事務局にとっては、1年目からずっと、ここを「成果発表会=おわりの場」だとは捉えてはいませんでした。

むしろ「キックオフ=はじまりの場」だと考えて、毎年このイベントを開催してきたんです。

「おわり」ではなく「はじまり」ですか。

柳川:はい。そもそも半年という限られた活動期間で、目に見えるビジネス的な“成果”なんて、そう簡単には生まれません。

それに僕たちが何を言おうと、島での“暮らし”は続いていくわけですよね。「今年度の事業はこれで終了です。お疲れさまでした!」なんて言って解散するのは、生活者の目線からすると、とても違和感があると思うんです。

だからこそこのDAYは、単なる成果報告の場ではなく、島の人たちとスタートアップがもう一度集まり、これまでのプロセスをふり返りながら、「じゃあ、これからどうしようか?」と未来を語り合う時間にしたい。そんな想いから、「キックオフ」という位置づけにこだわってきました。

TOKYO ISLANDHOOD DAY 2026

東京の島々で育った挑戦のプロセスと手触りを、島の関係者と採択事業者の声でひらく一日。島とスタートアップの出会いが生んだ変化を、トークセッションや成果発表で共有します。
2026.02.26 ( THU ) 13:30 – 17:05
Tokyo Innovation Base(現地 or オンラインのハイブリット開催)

撮影:吉田周平

共鳴の先に、何を紡ぐか。テーマは「共鳴と緒」

3年目となる今年の「TOKYO ISLANDHOOD DAY」には、どのような意味を込めているのでしょうか。

柳川:これまでの3年間は、島と企業、そして人と人との間で「想いのチューニング」を重ねてきた時間だったと思っています。

その重なり合いから生まれた響きを、僕たちは「共鳴」と呼んでいます。
では、ここから先は何が問われるのか。

それは、『共鳴の先に、島の暮らしに根づき、続いていく取り組みを生み出せるのか?』ということだと思っています。

そのため、今年のDAYでは「共鳴と緒(いとぐち)」というテーマを掲げています。この場を通じて、参加者それぞれが未来への“緒”を見出し、次の一歩を踏み出すきっかけになればと願っています。

この事業としての「TOKYO ISLANDHOOD」は一区切りを迎えますが、柳川さんご自身は、この取り組みが今後どうなっていってほしいと思われますか?

柳川:個人的な願いとしては、この仕組みが「文化」や「お祭り」のように残っていく形も、あり得るのかなと。

例えば民間でお金を集めたり、有志が集まったりして、年に一度みんなが戻ってくる場所として定着し、「今年もこの日が来たね、また1年頑張ろう」と確認し合えるような、島のお祭りのような機能を持って続いていく。そんな未来が作れたら理想的ですよね。

“お祭り”という表現が素敵ですね。

柳川: もしそうなれば、関わり方の選択肢も増やせるんじゃないかなと思うんです。

これまではスタートアップは「採択企業」という関わり方ですし、僕たちは事業の「事務局」としての関わり方でした。例えばですが、TOKYO ISLANDHOODがお祭りのような役割を担ったとき、、祭を企画する人、運営をする人、島で一緒に踊る人、、スポンサーとして応援する人、あるいはクラウドファンディングのリターンに参加する人みたいな、グラデーションのある「関係人口」が生まれる未来も想像したりしています。

それが、この公的な事業が終わった後の、次のチャレンジになるのかもしれません。

3年間という月日の中で、私たちはその歩みをそっと見守り続けてきました。
事務局の誰一人として欠くことなく、現場に立ち続けたからこそ、今、私たちはこの地点に立っているのではないでしょうか。

「土の人」が島で、「風の人」がスタートアップだとするならば、
事務局の皆さんは、その間にそっと水を注ぎ、異なる二つの存在が混ざり合うための“潤滑剤”のような存在だったのだと思います。

そんな、力強い根をともに耕してきた存在がいたからこそ、「TOKYO ISLANDHOOD」という土壌から、今、確かな未来の芽が吹き始めているのかもしれません。

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