“生き方”から組み立てる離島での新しいライフスタイル

 2022/03/21

2019年から始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、観光業は全国的に大打撃を受けています。それは東京諸島にとっても同様です。コロナ禍以前、観光は新たな国の経済発展につながる重要産業として大きく注目され、様々な支援策とともに国をあげて底上げが進められました。実際に国内旅行はもちろん、訪日外国人の増加も顕著に見られたことで、観光は目に見える成長とともに大きく期待されていました。ところが、その勢いも新型コロナウイルスによって停滞を余儀なくされ、今はポストコロナ時代を生き抜くための新たなニューノーマル時代を見据えた観光の再考が必要とされています。

ところで、観光は地域に波及的効果をもたらす事業活動の一つといえます。なぜなら、地域内のあらゆる産業や事業と連携することで、より魅力的で価値のある活動となるからです。つまり、観光を起点に地域内の様々な産業の成長を促すことにつながります。

例えば、その地域ならではの伝統料理や食材を提供するには漁師さんや農家さんといった一次産業との連携が不可欠ですし、食材を美味しく調理する料理人の存在や、食事を提供するスペースも必要です。もちろん移動も必要ですから交通事業者の協力も不可欠です。と、観光の先には実に多くの方々とのつながりが欠かせません。

さらにその地域ならではの唯一無二のストーリーを掘り起こし、ブランディングを行っていくことで、地域独自の魅力的な価値を持ったより選ばれる観光地にしていく必要があります。それには今まで以上にネットワークを大切に育みながら斬新な発想とともにイノベーションを生み出していくことが求められています。

そんな難しくて手間のかかる状況ではありますが、それは言い換えれば地域を磨くことにもなります。地域が磨かれていくことで、例えば地域に魅力や可能性を感じて移住する人も増えてくるでしょうし、その先にはその人それぞれの暮らしが生まれます。その人の暮らしの先にはさらに様々な関わりが地域の中で生まれてくるでしょう。

何が言いたいかというと、単純に観光といってもその先には様々な展開が考えられます。お客様をおもてなしするサービスについて考えるところからはじめて、時間軸や空間軸からそれぞれの関係性を読み解いて思考を広げていくことで、地域における社会の様々な構図が見えてきます。その視点とともにこれからの観光をはじめとした地域産業を考えていくことが必要ではないかと思っています。

と、前置きが長くなりましたが、今回は飲食業でありながら“教育”の機能もミックス、本来は別の枠組みで考えられていたジャンルを組み合わせることで、まさに“イノベーションが生まれそうな事業”に三宅島で取り組んでいる辻 久美子さんにお話を伺ってきました。

外資系企業からの転身、三宅島での起業

三宅島の西側、阿古地区にひっそりとたたずむ『g2 cafe』。このカフェからは海を眺めることができ、昼間の輝く太陽、夕陽が水平線に沈んでいく姿など、移り変わる時間の流れを感じながら、素敵な時間を過ごすことができます。

このカフェを切り盛りしているのは、5年前に三宅島に移住してきた辻 久美子さん。もともとは東京都心で外資系企業に勤めていた辻さん。実は、現在のカフェの経営にとどまらず、学習塾も始めようと準備をされています。「なぜ自分の故郷と職から離れ三宅島でカフェを?さらにどうして学習塾まで?」今回はそんな異色の経歴を持つ辻さんに、お話を伺いました。見えてきたのは、手段に囚われない辻さんの力強い生き様。移住を考えていたり、島での暮らしが固定化してしまって身動きができなくなっていたり、そんな方の心を解きほぐす辻さんからのメッセージです。

やりたいことができる場所を探し、三宅島へ

辻さんは以前、外資系企業に勤め、マネージャー職で活躍をされていました。そのため、生活面では何の不便もなく暮らしていました。しかしある時、現在のライフスタイルへの“物足りなさ”を感じた瞬間があったようです。そこで、“自分にしかできないこと”を探し求め、全国さまざまな地域を旅してまわります。そのとき、辻さんの趣味であるバイクのイベントWERIDE三宅島 エンデューロレース』が三宅島で開催されることを知りました。このイベントを見学に来たことが、三宅島との最初の出会いでした。その後、辻さんはこのイベントに運営として関わることになります。そして2018年のゴールデンウィークに『三宅島ゲストハウス島家』で10日間の滞在をしました。この滞在の中で島の方々や観光客との交流を通して、三宅島の魅力や島民の方々の人柄の温かさを肌で感じたそうです。三宅島への移住を決断した要因は、ここにあったと言います。

カフェのオープンに込められた辻さんの願い

意外なことに、辻さんはもともと島で飲食店を経営することを決めていたわけではなかったそうです。「何かしらの形で島の方々と関わっていける仕事を選びたい」という思いはありましたが、やりたいことリストの1つに飲食店が入っていた程度で、具体的な計画は立てていませんでした。しかし、地域の方々とお話をしていくうちに、飲食店開業への条件がトントン拍子で整ったことから、三宅島でカフェを開店することを決断しました。

三宅島の高校生には、学校帰りの時間を友人と共にするサードプレイスのような居場所が少ない。島でカフェをオープンする背景には「島の高校生たちが友人と放課後に集まって他愛もない話ができるような居場所を作りたい」という願いが込められていました。それは辻さん自身の経験から「学生時代に友人たちと過ごした何気ない放課後の時間こそが、一番記憶に残っている大切なものだから」と想いを明かしてくださいました。

学習塾のスタートとこれから

三宅島ならではの課題は「人との繋がりが濃い一方で、繋がりの範囲が限られており新しい刺激が少ないこと」だと辻さんは言います。例えば都会に住んでいれば、まちを歩くと多様な人がいて、本屋に入ると多くの本が揃っている。このような“偶然の出会いから生まれる刺激”を島の子どもたちにもっとたくさん味わってほしい。その経験の積み重ねが大人になった時に必ず活きてくる。辻さんはこの考えのもと、今春からはカフェの営業と並行し、このカフェの機能を活かしながら学習塾を展開していくことを決意されています。

学習塾の展開としては、奈良にある『松本予備校』さんと提携し、対面とオンラインの二刀流で授業を開講していく予定。オンラインでも授業を実施していくことで、普段よく見知った方々のなかで生きている島の子どもたちにも、島外の子どもたちとコミュニケーションを取る機会が増えると辻さんは考えました。

辻さんは3人の子どもの母親でもあります。自身の子育て経験から、教育についての関心が強くなったそうです。人生を振り返った時、小学生の時に受けた自主性を大切にする教育があったから、今の自分を好きでいられると思えたそうです。さらには、外資系企業のマーケティング部門で培った経験や考え方を、島の子どもたちにも伝えたいと考えるようになったそうです。そこで辻さんは、塾講師の資格を1年かけて取得しました。「これからは奈良の塾と協力して“受験のための勉強”ではなく、受験の先にある“長い長い人生でも役立つ本質的な勉強”をする機会を創りたい」と語ってくれました。

塾で子どもたちに教えるのは主に英語。「語学ができたらそれだけ選択肢が広がる。多様な国々の人と価値観を交換することができる。これだけでもすごく大事な刺激」と辻さんは言います。

また英語のほかには、読解力・プレゼン能力・発想力を養うカリキュラムを用意しています。このような「考える力」は、子どもたちが将来生きていく上で必要不可欠な力です。自分が興味のあることについてのプレゼンをしたり、山手線ゲームを活用したワークをしたりすることで、子どもたちが“楽しく”勉強できるような方法を考えています。

このように学習塾を運営していくことへの熱意をにじませる辻さんですが、例えカフェとしての営業時間が減っても、“地域の人々や子どもたちの集いの場としての役割”は変わりません。大切なことは、手段ではなく“辻さんが果たしたい役割”なのですね。

ここまで今後の展望について語っていただいた辻さんですが、実は明確なビジョンを決めすぎずに「自由」でいるという意識も強いそう。10年後のビジョンに縛られず、その時その時で興味をもったことを追求していく。このスタンスこそ、辻さんの活力の源だと感じました。「石の上にも3年、もったいない人だから(笑)」と、辻さんは素敵な笑顔を見せてくださいました。

人と人とのつながりを大切に

取材の最後に、辻さんが三宅島で最も大切にしていきたいことを聞かせていただきました。
それは、「人と人とのつながり」です。そもそも『g2 cafe』の企画自体、たまたま人でにぎわうゴールデンウイークに三宅島を訪れたとき、島の人々とたくさんお話をするなかで生まれたものでした。松本予備校との提携も、知人を介して塾長の方と知り合ったことでできあがりました。開店後も、辻さんは島外からの移住者である自分に対する島の方々からの壁は感じなかったそうです。

「本当の意味での“生きる力”があると思うんだよね、この島の人たちって」と辻さんは言います。数々の噴火を経験してもなお、三宅島に戻ってきて生活をし続ける強さを持った島の方々。そんな方々が、外から来た辻さんのような人も受け入れて、色々なことを教えてくれる。その中で生まれた人と人との優しいつながりの輪を、今度は辻さんがさらに広げようとしています。

年齢に関係なく、地域の方々や観光客の居場所となるカフェ。新しい出会い、刺激を子どもたちに提供する学習塾。人と人とのつながりのなかで、辻さんを含め、島の方々の生活はさらに豊かになっています。

辻さんー「人間って、やっぱり人間と出会うとそれだけでいろんなことがちょっとずつ変わっていったり反応したりするのが面白いんだよね。」

“オリジナルの生き方”から、出会いや興味を組み合わせて、手段を考え挑戦していく辻さん。一つのことを始めたら、その一つのことをずっとやらなきゃいけないなんて誰が決めたんでしょう。大切なことは他でもなく、1人1人が“どう生きたいか”。この軸を変えないために、手段が変わっていくことはむしろ自然なこと。そんなメッセージを与えてくれる、地域のお姉さん的存在。島の財産です。今後の辻さんの三宅島での取り組み、要チェックです!

紹介!g2 cafe
メニューには、観光客を意識したSNS映えするドリンク・お料理がたくさん。まるで窓から見える夕焼けを表現したかのようにカラフルなレインボークリームソーダや、サングリアクラッシュアイスなどがあります。また観光客向けのみならず、地域の方へ特別に考案した、三宅島特産の明日葉チーズトーストや金目鯛パスタも楽しめます。地元のリピーターの方々も多く、地域からも愛される温かい空間です。今、何か悩んでいる方。まずは三宅島に来て、g2 cafeでコーヒーでも飲みながらゆっくり夕陽を眺めてみてはいかがでしょう。きっと出会いがあなたを導いてくれるはず。

取材・執筆:宇野祐貴、稲葉未有、粕谷このみ、渡部 友賀
撮影・編集:いと〜まん

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